Inside SmartNews
誰ひとり置き去りにしないAIシフト。スマートニュースが全社で挑む「AI for Everyone」の全貌

いま、スマートニュースでは全社規模のAI Transformationが急速に進んでいます。ちいさなイニシアチブとして始まったAI推進活動は、現場の熱量とともに進化を続け、2026年7月にはビジネス・データ・エンジニアリングを統合した専任組織「AI Transformation Division」の設立へと至りました。
その最前線でハンズオンの推進を担うのが、AI推進担当マネージャーのIsaac Wong(アイザック・ウォン)です。スマートニュース独自の「全員参加型(for Everyone)」の思想から、経営陣を巻き込んだ泥臭いハンズオン、そして1〜2年後に訪れる未来の働き方まで、じっくりと語ってもらいました。
プロフィール
Isaac Wong
アイザック・ウォン
AI Transformation Division
Manager, AI Acceleration & Strategy
大手EC企業にてAI・データ活用の推進を担ったのち、よりハンズオンでビジネスにインパクトを与える環境を求めて2025年8月スマートニュースに参画。入社後は現場への地道な1on1を通じてボトムアップのニーズを汲み上げ、n8nやClaude Codeといったツールの全社展開「AI for Everyone」を推進している。
泥臭いハンズオンで、現場の「困りごと」に耳を傾ける
― Isaacさんは前職の大手EC企業でも同様の役割を担っていたそうですね。それでもスマートニュースへの転職を決めた背景には、どんな想いがあったのでしょうか。
前職は非常に大きな企業だったので、ひとつの施策を動かすのにも複数のビジネスユニットとの膨大な調整が必要でした。もちろんそれも大切な仕事ですが、自分が本当にやりたかったのは、もっとハンズオン的な関わり方だったんです。自ら泥臭く動きながらビジネスチームのリアルなニーズを理解し、エンジニアリングチームとコラボレーションして、最速でソリューションを届ける。スマートニュースの規模感と環境なら、それができると感じました。

実は私、以前から日本語を勉強するためにSmartNewsアプリでニュースを読んでいたんです。だからもともと、アプリにも会社にも強い親しみがありました。そこにちょうどLinkedInでスカウトメッセージが届き、ポジションのおもしろさに惹かれて「あのスマニューか!」と話を聞くことにしたことを覚えています。
― 入社後、具体的にどのようなステップでAI推進を進めてきたのですか?
入社直後は、戦略をガチガチに固めるのではなく、社内で自発的に生まれていたボトムアップの動きをとにかく聞いて回りました。自分で業務の自動化をしている方や、生成AIを個人で使い倒している現場のメンバーと片っ端から1on1をして、まずは「何に困っていて、何を求めているのか」を理解することに徹したんです。
その上で、経営主導で進んでいたトップダウンのAI Accelerationイニシアチブと組み合わせ、全員が安全に使えるインフラ整備に取り組みました。Difyやn8n、Claude Codeといった最先端のツールを全社に展開し、インフラチームと連携しながら、一部のアーリーアダプターだけでなく、非エンジニアも含めた「全員が迷わず使える環境」を整えていきました。
― その環境整備を進めるなかで、スマートニュースのカルチャーをどのように感じましたか?
驚くほどフラットですね。プロダクト、ビジネス、バックオフィス、どの部署のメンバーであっても、Slackで気軽にDMを送れば、誰もが「いいね、やろう!」と快くコミュニケーションをとってくれます。
変化が激しいスタートアップだからこそ、ルールや整理が追いつかないケースもありますが、そこで「前例がないからダメ」と突っぱねる人には会ったことがありません。みんなが「どうすれば実現できるか」というソリューションを、当事者意識を持って一緒に探そうとしてくれます。スマートニュースの素晴らしいカルチャーだと感じています。
― 2026年7月には、AI推進組織が「AI Transformation Division」として正式な事業部になりました。ほかの業務との「兼務」ではなく、あえて「専任Division」という形にこだわるのはなぜですか?

[参考] スマートニュース、会社運営をAI前提に変革する新組織 「AI Transformation Division」を設立
兼務の場合、どうしても「どちらのKPIを優先すればいいのか」という現場の葛藤が生まれがちだからです。AIはあくまでビジネスを加速させる手段なので、最終的なゴールは一致するはずですが、本当に会社全体のトランスフォームを成し遂げるためには、一歩引いたスタンスから強い推進力でドライブすることが重要だと会社として判断しました。
加えて、Claude Codeなどの開発コストやSaaSコストの管理も、このDivisionで一括して担います。各部門のROI(投資対効果)をフラットに判断し、バランスよく全体の底上げをするためには、外側から俯瞰して仕組みをつくる役割が必要不可欠なのです。
全員が「迷わず使える」インフラへ。3段階で進めたAIの民主化
― 実際の全社展開「for Everyone」は、どのような段階を経てきたのですか?
まずはDifyとn8nを全員に展開しました。業務の自動化や生産性向上を誰もが試せるよう、AIの扉を開いた第1段階です。

続いて、Claude Codeを全員が使えるようにしました。これにより、非エンジニアであっても「自分の困りごとを解決するためのツール」を自ら開発できるようになりました。
そして5月には、社内の情報とAIを安全かつ簡単に連携させる「MCP Hub」も導入されました。社内の独自ナレッジとAIを掛け合わせることで、自分の業務を圧倒的に進化させることができる、これが第3の段階です。
これらはすべて、セキュリティ審査を経て全社承認済みの環境として提供されています。職種や雇用形態を問わず、個別の申請なしで利用可能。使ってみたいと思ったら、1分後には最先端のツールに触れられる、安全性とスピードを両立させた設計になっています。
― Claude Codeをはじめとした強力なツールを、一部の専門職だけでなく全社員に展開する「for Everyone」のアプローチにこだわる理由はどこにあるのでしょうか。
急速に変化するAI時代において「自分がどう業務を効率化できるか」を知らないまま取り残されてしまうことは、個人にとっても会社にとっても大きな損失だからです。優秀なエンジニアだけがそのマインドセットを持つのではなく、全員が「AIを使って自分の業務をどう変えられるか」を自ら考え、改善していける環境を整えることが私たちの目標です。
これは戦略的にも極めて重要なポイントだと考えています。個別の施策のROIをひとつひとつ細かく見ることも大切ですが、全員が等しく最先端のテクノロジーに触れ、チャレンジできる環境をつくることは、長期的に見たときに最もROIが高い投資です。AIの時代においては、求められるツールのケイパビリティ自体が数ヶ月単位で変わっていきます。ならば、特定のツールに関する専門的なスキルを教えるのではなく、全員が変化そのものを恐れずにチャレンジできる土台を整えること。これこそが会社としての責任であり、社員にとってもスマートニュースで働くことの利点になるはずです。
経営陣もAIを使って開発。ハンズオン体験で深まる理解
― 全社展開にあたって、経営陣や各部門のリーダーの理解はどのように醸成してきたのですか?
事業部長以上の役職者全員を対象にした、かなりスパルタな「AIハンズオンプログラム」を実施しました(笑)。2025年12月に課題を出し、1〜2ヶ月かけて「全員がAIを使って、最低1つは実際に動くものをつくる」という試みです。

興味深かったのは、多忙をきわめているはずのリーダーたちが、誰よりも夢中になって課題に取り組んでいたことです。加えて、このプログラムは思わぬ副産物も生みました。ある経営陣がClaude Codeでプロトタイプを開発するなかで「どこまでが安全で、どこからがリスクになるのか」というガバナンスの境界線を自ら体感する一幕がありました。
普通ならそこで守りに入ってしまうかもしれませんが、私たちはこれをチャンスにしました。経営層が自ら「これをやるとリスクになるんだ」「でもここをクリアすれば強力な武器になる」という実感を肌で持てたことで、AIガバナンスの重要性への理解が一気に深まり、現在の強固な組織体制の強化へとつながったのです。
― 経営層が自ら「ハンズオン」で体験することの意義はどこにありますか?
会社の組織やオペレーションの大枠を設計するのは、経営陣や各部門のリーダーたちです。彼らが言葉だけでなく、自ら手を動かして「何ができて、何がリスクになるのか」を肌で感じていなければ、本質的な経営判断はできません。
AIの世界では、昨日までの正解が明日には変わります。だからこそ、経営陣も含めた全社のマインドセットが常にアップデートされていて、圧倒的なスピード感で変化をキャッチアップできる状態にあること。それ自体が、スマートニュースの最大の攻めであり防御の姿勢なんです。
初期フェーズはあえて「浸透」に振り切る
― AI推進の成果はどのように測定し、評価しているのでしょうか。
入社当初から数値指標は目標に組み込まれていましたが、時間軸をわけて設計したことが大正解でした。運営側としては最終的な事業成果を当然考えていますが、導入初期の段階から「業務アウトプットの向上」といった最終的なKPIを現場に求めてしまうと、ツールを使うこと自体が目的化したり、敬遠されたりしてしまいます。まずは「浸透率」や「利用頻度」を追いながら、組織全体の成熟度を段階的に引き上げていく。チームのマネージャーやキーメンバーが「AIで何ができるか」を真に理解できた段階で、初めてそのチームの本質的なビジネスKPIと連動させていくアプローチを取りました。
たとえば営業チームの例で言うと、最初は「まずはツールに触ってみる率」を上げることからはじめました。そして成熟度が上がった現在では、単なる効率化を超えて「案件数」や「売上」といった営業の本質的な指標とAI活用をどう結びつけるか、という次元の高い議論が現場主導ではじまっています。
― Isaacさんご自身は、日常業務でどのようにAIを活用していますか?
私はデータサイエンスとデータアナリティクスがバックグラウンドなので、日々の分析業務のプロセス全体をAIエージェントに任せています。自分が欲しいアウトプットの定義をプロンプト化し、ライブラリとして整備しているんです。
たとえば、社内で月1回開催している「Work with AI」というイベントの参加者データを使って、前回イベントとの比較・考察レポートをAIエージェントがわずか2〜3分で自動生成する仕組みを構築しました。また、コンテンツのモデレーション領域でも、社内の詳細なガイドラインをAIエージェントに参照させ、審査担当者の判断を支援するプロトタイプを自作しています。最終判断はあくまで人間が担う前提で、その精度とスピードを高める試みです。
スマートニュースでのおもしろさは、こうして自分がつくった「ゼロイチの泥臭いプロトタイプ」をSlackで見せると、エンジニアリングチームが「それおもしろいね!もっとスケーラブルなシステムに発展させよう」と、すぐに乗っかってきてくれることです。職種を超えた共創のサイクルが、今の私たちのスタンダードになっています。
結局、AI時代も求められる素養は変わらない
― AIがあたり前になった世界では、今後どのような人が活躍できると思いますか?
人間が最も得意とすることは、自分の経験やスキルを的確に「言語化」し、AIエージェントに指示を与えて動かしながら、全体をモニタリングするマネージャーとしての役割になっていくと思います。自分が分身して、複数のAIエージェントの力を借りながらアウトプットを最大化していく。そんなエキサイティングな世界観が、これからの1〜2年のうちに当たり前になると考えていますし、それが今からとても楽しみです。
ドメイン知識そのものはAIに代替されていきますが、業界の深い文脈を踏まえた「意思決定の力」や、シニアなプロデューサーとしての「感覚」の価値はむしろ高まるはずです。新しいことへの純粋な好奇心や、変化に対するキャッチアップのスピード感といった「人間の基礎能力」の本質は、使う対象がAIに変わるだけで、これからも変わらないと考えています。
― 採用の観点から、どのようなマインドを持った方をスマートニュースに迎えたいですか?
テクノロジーがどれだけ進化しても、スマートニュースの採用基準の根幹は変わらないと思っています。Core Valuesの「Nothing is Somebody Else's Problem(ひと事なんてない)」の精神、強い好奇心、そして何よりも「Outcome Obsession(結果への執着)」。そうした人間としての素質が、AIという強力なレバレッジによって、より具体的に大きな成果として発揮されるだけです。

その上で私が重視しているのは、コミュニケーション能力の「幅広さ」です。人間同士の温かいチームワークはもちろんですが、AIに対して自分がやりたいことを構造立てて説明できる力、それをドキュメントに落とし込める力。この「AIへの通訳力」とも言える能力は、これからの時代に欠かせない大きな強みになると確信しています。
― 最後に、新たに誕生したAI Transformation Divisionが目指す使命を教えてください。
「MCP Hub for Everyone」の導入によって、社内情報とAIツールを安全に繋ぐ基盤が整いつつあります。しかし、これはゴールではなく、あくまで通過点に過ぎません。今後は、認証やガバナンスの仕組みをさらに強固にしながら、社外の最新情報も含めてセキュアにアクセスできる環境を、文字通り「for Everyone」で提供し続けることが次の大きな挑戦です。
同時に、全社横断的な環境整備と並行して、各部署の専門業務に特化した「深いAI活用」のサポートも強化していきます。新たに設立された「AI Transformation Division」の使命は、全部門のAI活用を技術面から支え、より大きな成果に挑戦できる環境をつくり、組織全体のプロダクティビティを異次元に引き上げていくことです。
取材 / 文 / 撮影 = Inside SmartNews編集部(花井)